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2006年02月05日

洲崎遊廓の跡地にてネコ探し

フットサルのPUMA CUP(全日本選手権)の後で、「赤線地域に行って、猫を探したい」と思ってしまうから、もう病気としか言いようが無い。

車を走らせて、現在は東陽一丁目、かつては「洲崎遊廓」、「洲崎パラダイス」と呼ばれていた地区を散歩することにした。洲崎遊廓は、東京大学の本郷校舎建設に伴い、根津遊廓が移転してできたとのこと。


永代通りの交差点から南下すると、緑道が目の前を横切っている。東京の緑道は、昔川が流れていたところを暗渠にしたものが多い。この緑道は、かつて洲崎川という川が流れていた。


そして洲崎川には洲崎橋が掛かっていた。今ではこの石碑だけがひっそりと残っている。この通りの名前も「大門通り」。


左側の建物は今でも商店が入っていて使われている。アーチ状の屋根、丸みを帯びた柱の形状が昔を物語っていた。


今年一番の寒さということで、日が当たっていても寒い。当然、ネコ達もどこかに隠れて丸くなっているかと、あきらめかけていたところで、細いやつと出会った。


駐車場の脇にある工事中の空き地をノシノシと歩いていく。


我々がジーッと見ているのに気付いているはずなのに、ノシノシノシノシとやってくる。そのまま工事中のテントの中に消えていった。その後、車で町を後にしようとした時、このネコが前をゆっくりと横切って、路地に消えていった。

投稿者 hideo : 2006年02月05日 18:44

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トラックバック時刻: 2006年05月05日 13:34

コメント

はじめまして。いつも楽しみに読んでます。
実家が同じ区なのですが、あんなところに遊廓があったなんて全く知らずビックリしました。
地図の下にある深川八中には何度か部活の練習試合に行きました。
手前の南開橋を渡る時に何故かいつも「この橋を渡ると空の色が違うんだよなー」なんて思っていたのはそんなお土地柄のせいだったのかもーなんて、思いましたよ。たぶん気のせいですが(笑)。

投稿者 Anonymous : 2006年02月06日 11:29

いつもありがとうございます。

「空の色が違う」と感じたのは面白いですね。私もよく、吸い込まれるように昔話の多いところに足を運ぶことがあります。

深川八中のところは昔は海で、洲崎との境は防波堤だったらしいです。

投稿者 hideo : 2006年02月06日 21:15

名無しになってました、すいません。

「洲崎」なんて、千葉の灯台のところみたいな名前ですもんね。
その土地の歴史をたどるって面白いですー。

投稿者 yumirock : 2006年02月07日 10:15

いえいえ、JBA経由でいつも拝見しております。これからも宜しくお願いします。土地はかならず歴史を語ってますからね。

投稿者 hideo : 2006年02月07日 23:58

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投稿者 csofl hxtezs : 2007年07月25日 15:28

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