« 決戦前夜(火曜日) | メイン | Jリーグカップ決勝の写真 »
2004年11月04日
Jリーグカップ決勝 東京×浦和
東京は、2004年11月3日、晴れてカップウィナーとなった。
京王線、飛田給駅の構内にはサポーターの声援に感謝の意を表す東京フロントからのメッセージがポスターとして貼られていた。また、京王も、東京の優勝を祝福するメッセージを段幕にして、駅の改札に堂々とかけていた。
祝勝会が行われる味の素スタジアムへの道すがら、いつも見かける倉庫の壁には東京のフラッグが掲げられていた。ちょっとしたことだけど、とても感動した。
俺は、延長後半ですでに涙腺が緩んでいた。もうやめてくれ。もう十分戦ったじゃないか。これでさらに決着を着けなければならないとは、あまりにも残酷過ぎるのではないか、そう思った。しかし、土肥を中心として、東京の心は揺るがない。加地が勝ち越しのPKを決めた後、監督、選手、関係者が抱き合い、ジャンプして喜ぶ姿を見て、言葉にはできない気持ちになった。思わず、泣いた。
試合は、1人退場してからは、苦しかったとしか言いようが無い。
特に延長戦に入ってからは心臓に悪いシーンの連続。
しかし、東京は、守りきった。
誰が何と言おうと、今日の東京のサッカーは胸を張って良いものだと思う。
10人で約100分間、J随一の攻撃力を誇る浦和を零封した。
途中で、準決勝のヴェルディを思い出した。
彼らが、準決勝の誇り高き対戦相手から何かを学んだとすれば、素晴らしいことだ。
浦和のシュートはことごとく枠を外れる。
枠に行ったシュートも、コースを消されていて土肥がしっかりと弾き出す。
東京は、守られていた、確実に。
国立競技場でやる時、気持ちが入った東京は、何かに守られている。
これは間違いないことだと思う。
その点で、浦和は不利な状態で戦っていたとも言える。
そして、気持ちの入れ方。
東京は、今野のプレーに代表されるように、1人少なくなっても、「勝ちたい」という気持ちが前面に出ていた。少ないチャンスを確実にモノにしようという姿勢に溢れていた。最後のPKのシーン、浦和の田中、山田の顔からは気迫のようなものが感じられなかった。土肥の顔は、それまでのスーパーセーブの連続から自信に満ちあふれていた。ここで勝負あった。
奢れる者久しからず。
浦和にはこの言葉がふさわしい。
去年、ナビスコを獲って以来、浦和の増長振り(あえてそう書く)は凄まじいものがある。監督・選手のコメント、サポーターのblogのエントリーに見る発言などの傾向を見ていると、正に「裸の王様」だ。これは、先日、EL GOLAZOでの山田の2ndステージの敗戦に関するコメント、試合前の闘莉王のコメントについてその一端が見られることを指摘したが、今日の試合後の啓太のコメントも端的な例だと思う。敵状視察と称して、明らかな自己満足のために、対戦相手のblogを稚拙な文章でけなし倒す、そこそこ有名なblogがある。
今日の試合では、ジャーンが退場した後、後半開始時に浦和カモンカモンカモンの懐メロコール、さらには東京を舐めきっているとしか思えないウェーブ。後半、点が獲れないのに業を煮やしたのか、いよいよ、フラッグを振るのをやめて、真剣に声を出し始めていたようだった。
自分たちは強い、王者だ、だから勝って当たり前だ。相手は見下す対象だ。それでも勝てないのは、相手が何か不正なやり方をしている。そう言い切っている。そして、同じ相手に何度も負ける。
事実、正しいことであれば、それで構わない。しかし、今日も浦和系のblogを巡回していて、「何で、引きこもりサッカーを徹底するのか?それで良いのか?」と言った論調が一部にあった。前半20分過ぎに1人退場者を出して、それでも攻撃をしていたのは東京だろう?確かに、後半しばらく経つと、体力的に厳しくなって、守備的になった嫌いはある。しかし、前半退場者を出すまでは、完全にうちのペースだっただろうが!
俺は、浦和に「相手に対する謙虚さ」があったら、確実に負けていたと思う。東京は挑戦者。それを持ち合わせている。俺は、今年、浦和と対戦する前のエントリーでずっと同じことを書いている。浦和は傲慢になった。だからこそつけいる隙があるということだ。
投稿者 hideo : 2004年11月04日 12:09
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://munos.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/62




